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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1139号 判決 1978年7月18日

控訴人 菊地隆

右訴訟代理人弁護士 黒川厚雄

被控訴人 岡田久

右訴訟代理人弁護士 中村喜三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において請求を減縮し、「原判決を取消す。控訴人、被控訴人間において控訴人が原判決添付別紙物件目録二記載の山林(以下、本件山林という。)につき、普通建物所有の目的で、同年二月二八日より期限の定めなく、地代年間金七万五、〇〇〇円、毎年一二月末日払いとする賃借権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し同目録一記載(四)の畑(以下、同目録記載の畑については同目録記載の番号を付して本件畑、またはこれを一括して本件畑という。)、につき茨城県知事に対し農地法第五条による許可申請手続をせよ。被控訴人は控訴人に対し右許可があったときは右(四)の畑を引き渡せ。被控訴人は控訴人に対し本件山林を引き渡せ。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決並びに本件山林引渡し部分について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決三枚目表一行目の「本件畑」を「本件(一)ないし(三)の畑」と、同二行目の「本件畑」を「本件(四)の畑」と、同「請求原因1」を「請求原因2」と、同四行目の「請求原因2」を「請求原因1」と、同裏七行目の「第一六号証ないし第二二号証」を「第一六号証、第一七号証の一ないし六、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一、二、第二〇ないし第二二号証」と各訂正する。)であるから、これを引用する。

(主張)

被控訴代理人

本件第一の(四)の畑、第二の山林はその面積二、六〇〇平方メートルに達する広大な土地であるから、これに賃借権を設定する場合には多額の権利金の支払いを要するところ、控訴人は、全くその出捐をなさずに右土地の賃借権を取得した点からみても、右賃貸借契約が公序良俗に反することは明らかである。

(証拠関係)《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、控訴人は被控訴人から、昭和四八年二月二八日本件山林を普通建物所有の目的をもって賃料反当り年金七万五、〇〇〇円、転貸を認める旨の約定で、同年三月一一日本件(四)の畑を本件(一)ないし(三)の畑とともに建物所有を目的とし賃料を年金三七万五、〇〇〇円、転貸を認める旨の約定で、それぞれ借り受けた事実を認めることができる。

二  被控訴人は、右各賃貸借契約は暴利行為としていずれも無効である旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(1)  被控訴人は、いわゆる兼業農家であるが、昭和四八年二月一一日訴外村貫豊の仲介によって訴外飯塚章に対し本件畑(本件(二)の畑は同年三月一三日本件(一)の畑から分筆された。)を建築材料置場に使用するため、期間を二年、賃料を一年金三七万五、〇〇〇円と定めて賃貸したが、その際右飯塚から「形式だから」との申出によって「転貸を認める。」旨の特約を付した契約書を作成し、その翌日右飯塚から一年分の賃料支払いを受けたこと。

(2)  右飯塚は、直ちに訴外下村実に対し右畑の転貸斡旋を依頼し、控訴人は右下村の仲介によって同畑を転借することにしたこと。

(3)  被控訴人は、その後間もなく右下村が本件畑に立入っているのを見かけ、更に右畑の賃借等に関する問い合わせがあったため不信を抱き、早速右飯塚方に赴いて前示賃料金三七万五、〇〇〇円を差し出して本件畑の賃貸借契約の解除を申し入れたが、同人は右金員の受取りを拒んだうえ、「契約書は下村のところへ行っている。俺の権利ではないから同人のところへ行け。」と称して応じなかったこと。

(4)  そこで、被控訴人は、その二、三日後右下村方へ赴いたところ、同人方に寄宿していた控訴人が応待し、右転借権は「莫大な金を出して買った。」として被控訴人の要求に応じなかったので、更に同年二月二八日再び下村方に控訴人を訪れて本件畑の返還を求めたところ、控訴人は、本件(四)の畑と本件山林の貸与方を求め、これに応じなかった被控訴人に対し「相当な金を出して権利を買ったのだから、裁判を起しても損害金をとる。)などと申し向けて右各土地の賃貸方を迫った。これに困惑した被控訴人が、一旦自宅に立帰り妻すいと相談した結果、控訴人の右要求を断わることとして右下村方に赴いたところ、控訴人は、既に用意した契約書に捺印を求め、これに応じない被控訴人に対し「相当な金を払っているのだから、その損害賠償や何やかでお前を裸にしてやる。裁判をやっても負けない。」などと脅迫的言辞を弄して困惑させたうえ、被控訴人をして本件(四)の畑につき普通建物所有を目的とし、賃料年金一五万円、転貸を認める旨記載された土地賃貸借契約書及び本件山林の前示土地賃貸借契約書に押印を余儀なくさせたうえ、同日控訴人から右各土地の一年分の賃料合計金二七万円の支払いを受けた旨の領収証(甲第三号証はその一枚)を交付させたが、その際現金の授受はなく、被控訴人に対し、借受金を右の各賃料とし、弁済期を同年三月四日とする同日付借用書を差し入れたに止ったこと。

(5)  同年三月一〇日ころ、右飯塚は、被控訴人方を訪れて被控訴人に対し「あの畑三〇〇坪(本件(四)の畑)は俺の権利なのに何んで控訴人に貸した。二重売買だ。本件畑全部について控訴人と契約しろ。そうすれば本件山林を取り返してやる。もし応じなければ損害賠償を取る。」などと、全く理不尽なことを申し向けて被控訴人を困惑させてこれが承諾を余儀なくさせたうえ、同人と被控訴人間の本件畑の賃貸借契約を破棄する旨の念書を交付し、同月一一日被控訴人をして本件(四)の畑を含む本件畑についての前示賃貸借契約書に押印させ、同日被控訴人の代理人と称して控訴人からその一年分の賃料金三七万五、〇〇〇円の交付を受けたこと。

(6)  本件(四)の畑及び本件山林の賃料は周辺の土地の賃料の半額程度であり、また右各土地について通常授受されるであろうところの権利金は三・三平方メートル当り金四万円位であること。

事実関係は、右のとおり認定される。なお、控訴人は、当審において、「金五〇〇万円を被控訴人と飯塚間の本件畑の解約料として、金二五〇万円を右解約に伴ない控訴人が同人のために賃借した代替地の工事代金として、いずれも飯塚に支払ったが、右金七五〇万円は被控訴人に支払うべき権利金をその支払いに充てたものである。」旨供述する。しかしながら、本件の各賃貸借契約の締結に際し、権利金に関する約定の存しなかったことは前説示のとおりであるばかりでなく、被控訴人と飯塚間の本件畑の賃貸借が、期間を二年と限り、使用目的も建築材料置場とするものであることに徴すると、そのように多額な解約料及び工事費を被控訴人において負担すべき筋合いのものとは認められないのみならず、《証拠省略》によると、控訴人は昭和四八年三月一四日被控訴人の代理人と称する右飯塚に対し金五〇〇万円を本件(一)の畑の負債整理資金として交付したほか、同日右飯塚に対し本件畑の土止工事及びその他の工事費用として金二五〇万円を交付したというのであり、しかも原審において証人飯塚章、控訴本人は、右金五〇〇万円は控訴人においてこれが返戻を受けた旨供述しているが、これらの事実に徴すると、控訴人の前記供述及びこれに符合する《証拠省略》は、信用することができない。

(二)  以上に認定した事実によれば、被控訴人は、飯塚章に欺かれ同人との間において本件畑を建築材料置場として使用することを目的とする賃貸借契約を締結したが、間もなく同人に不信を抱き、右契約を解除して右畑の返還を受けようとしたが、すでに右賃借権を処分した旨の飯塚の言に従い、かつはこれを買取ったという控訴人からその返還を受けるべく交渉をしたものの、これが返還を受けられないばかりでなく、却って本件(四)の畑及び本件山林についていずれも、より負担の大きい普通建物の所有を目的とし転貸条項の存する賃借権の設定、次いで右(四)の畑を含む本件畑につき普通建物の所有を目的として転貸条項の存する賃貸借契約の締結を余儀なくされ、しかもその賃料はいずれも周辺の土地の半額程度であって、通常授受される権利金も支払われなかったというのであるから、被控訴人は無知と評するのほかなく、しかも右各賃貸借契約の締結に際して控訴人及びこれと通じた飯塚章の言動は、被控訴人の無知、弱味につけ入り同人を畏怖、困惑させるに足りるものであり、他方、控訴人は、被控訴人をして右各賃貸借契約を締結させ、本件(四)の畑及び本件山林に賃借権を取得することによって、社会的に甚しく不相当な利得を得たものというべきであるから、控訴人と被控訴人間の本件山林及び本件(四)の畑に対する賃貸借契約は、社会的妥当性を欠き、公序良俗に反する無効な法律行為といわなければならない。

三  それならば、控訴人の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきものであるから、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 貞家克己 長久保武)

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